大判例

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名古屋高等裁判所 昭和59年(ネ)159号 判決

控訴人(原告)

富隆運送株式会社

被控訴人(被告)

城昇

ほか三名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。被控訴人城昇は控訴人に対し、金四六六万五四八〇円及びこれに対する昭和五四年三月四日以降完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。被控訴人浅井紀子、同浅井里美及び同浅井純一は控訴人に対し、各自金一五五万五一六〇円及びこれに対する昭和五四年三月四日以降完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、被控訴人らは主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

(控訴人の主張)

一  本件事故現場は上り坂になつているへアピンカーブであり、折れ曲り点までの上り路と折れ曲り点以後の上り路との間に落差のある進行路である。かかる道路を進行する場合、自動車運転者としては、カーブの内側添いでなくカーブの外側を進行することは当然の運転方法であるのに、被控訴人城はこの注意義務に反し、タンクローリー車(本件車両)の内輪差をも無視してカーブ内側添いに右折進行したため、右後輪が路肩を外れ、本件車両を斜面下に転落せしめたのである。本件事故は、このように被控訴人城の原則的初歩的注意義務に違反した重過失に基づいたものであり、本件事故によつて生じた損害は、一般の交通事故等による第三者との間の損害ではないし、何らかの業務上の無理や不利益を被傭者たる運転手に課したことによる損害でもないから、控訴人の賠償及び求償の請求が制限されるいわれはない。

二  損害額の主張の訂正

原判決四枚目裏一〇行目に「得べかりし利益金三〇二万九七一五円」とあるのを「得べかりし利益金三〇四万三四一〇円」と改め(控訴人昭和六〇年六月一七日準備書面第一の七項に「三〇四三四一一円」とあるのは誤記と認める。)、原判決添付別紙一を本判決添付別紙のとおり改めるほか、これに伴い原判決五枚目表八行目の「損害金」の次に「五一五万九五八三円中の」と加える。

(新たな証拠)

当審記録中の証拠目録記載のとおり。

理由

当裁判所も、控訴人の請求を原判決の認容する限度で理由があるがその余は失当として棄却を免れないと判断するものであつて、その理由は、次のとおり付加するほか原判決の理由説示と同一であるからこれを引用する。

一  当審で取り調べた新たな証拠も、特に右の認定判断(原判決引用)を左右するに足りない。

因みに、弁論の全趣旨により成立を認めうる甲第一四号証の一ないし三によれば、昭和五三年九月一日から同年一一月二五日までの八六日間に、被控訴人城が出勤して控訴人のため積荷の運搬業務に従事した実日数は七二日であり、その実車運行距離の合計は七五〇三キロメートルであることが認められる(控訴人の昭和六〇年六月一七日付準備書面にこれがそれぞれ七七日、八一五七キロメートルと記載されているのは、昭和五三年八月中の試用期間内のものも含めた数字である。)。そこで、原判決一三枚目裏末行に「八一一七キロメール」、同一四枚目表九行目に「77/86」とあるのは、正確にはそれぞれ「七五〇三キロメール」、「72/86」とすべきことになる。しかし、これによつて生ずる誤差は僅少であるから、原判決の休車損害の推計を変更するまでの要はない。

また、同号証によれば、被控訴人城の勤務時間は日によつて異り、たまには遅い時刻に勤務につけばより日もないではなかつたことが認められるが、全体的に観察すれば、「通常六時ないし七時半ころに出勤し」という原判決の認定(原判決一五枚目裏六行目。)にそれ程大きな誤りはなく、同人の勤務の形態が出退勤の時間からみても決して楽なものではなく、また同人の勤務成績に格別の問題があつた形跡のないことが明らかである。控訴人代表者は原審において、「出勤時間が早くなれば退社時間も早くなる。」「通常は八時間が実働時間である。」「本件事故前城は無断欠勤していた。」などと述べているが、その誤りであることは同号証との対比によつて自ら明らかである。

二  なるほど、本件事故は被控訴人城が本件事故現場のへアピンカーブを右折するに際し、いま少し道路の左側を大廻りしておれば生じなかつたものである。しかし、現場は、カーブの折れ曲り点においては左側に相当の空間があるとはいえ、カーブに達するまでの道、カーブを曲つたあとの道は共に上り勾配の上下線の区別のない狭い道路でカーブの曲りかたも文字通り急角度で、しかもカーブを曲り切つたあたりから道路幅が約三・七メートルというように狭くなつていること、そのため原審証人角武憲も「本件事故現場を車で通行するには相当の注意が必要で、そのためこの道を嫌う運転手もいる。」と述べているような場所であること、被控訴人城の運転していた本件車両が全長九メートル以上、幅約二・五メートルのタンクローリーであつて、原審における被控訴人城、当審における控訴人代表者各本人の供述によれば、本件事故は本件車両がカーブをほぼ回りきる辺りで最後尾の右側車輪が上り勾配の路肩の土を踏みくずし、加えて積荷のアスフアルト(液体)が車が傾くと共にますます右後輪に比重がかかるように移動するという相乗作用によつて、もはや通常の運転操作では回復できず、遂に転倒するに至つたものと認められること、そうでなくてもタンクローリーを運転してカーブを曲るような場合、前部のけん引車はカーブを曲つても後部のタンク部分は真つすぐ進もうとするためいびつな力が加わつたり、遠心力の作用等のため内部の液体が片側に寄つて車のバランスが崩れることがあるなど路面の状態や積荷の多寡、ハンドルの切り角度や速度などとも関係して車体が不安定な状態になることがあることが一般に知られている(成立に争いのない乙第五号証の二参照)ことなどを考慮すると、被控訴人城の過失は通常の過失の城を出るものではなく、控訴人の主張するような重過失とはとうてい評しえないものである。

そして、右に加うるに、控訴人が本件車両の如き高価な車両を保有しながらこれに任意の対物賠償責任保険、車両保険をかけていなかつたことや被控訴人城の支給されていた給料がその労務に比して必ずしも恵まれたものでなかつたことなど原判決挙示の諸事情に、更に、成立に争いのない乙第三号証の一、二と原審における被控訴人城本人の供述によれば、被控訴人城は本件事故後「事故を起こしたことを反省し、向う五年間退職せずに真面目に勤務する」旨の始末書を控訴人に提出しながら昭和五四年三月始めころ控訴会社を退職してしまつたことが認められるが、これは控訴人が同被控訴人に事故の弁償について話し合いを求め、同年二月分の給料を支払わなかつたりしたためと認められることなどを総合して考えるときは、控訴人の同被控訴人に対する本件損害賠償請求権及び求債権の行使は、損害額の二割である四八万〇四〇八円をこえる限度においては信義則に反し、許されないものと解するのが相当である。

よつて、本件控訴は理由がないのでこれを棄却することとし、控訴費用の負担について民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小谷卓男 海老澤美廣 笹本淳子)

(別紙一) 休車損害

(1) 稼動1日当たり収入金額

50,846円

(2) 稼動1日当たり人件費

8,681円

(3) 人件費を控除した稼動1日当たり収入金額

42,165円

(50,846円-8,681円)

(4) 休車実日数(実稼動日数)

83日

昭和53年11月25日から昭和54年3月3日までの99日間のうち、日曜日、正月を除いた実稼動日数は83日である。

(5) 控除すべき必要経費(83日分)

(イ) 自動車税 8,650円

(ロ) 重量税 12,734円

(ハ) 強制保険料 20,897円

(ニ) 燃料費,油費 414,004円(1日当たり4,988円)

(以上合計 456,285円)

(6) 休車損害 合計

3,043,410円

(42,165円×83(日)-456,285円)

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